2022年8月8日月曜日

【短編小説】「流浪の1万メートル」① 

 ADと言う時代を測る基準によると、人類は今年で3522年もの悠久の歴史を重ねるそうだ。
 なんでも、はるか昔、キリストという聖人の誕生を祝してスタートしたらしい。
 だが、それが何だと言うのだ。3522年という歴史は、太陽の周りを地球が3522回転しただけ。人間が便宜上、勝手に決めたもので、そもそもキリストという人物だって今となっては実在したかどうかも分かりゃしない。キリスト教なんて、今は過去の遺物だ!
 カナンは今年で30歳になる。一応、男性だ。最近、全てに批判がましくなったと自分でも思う。世間でニヒリズム主義が流行しているせいなのか??
 この世界は、性別は選択制になっ
ている。出生に関しても、人工授精か配偶者と共同で子孫を残すパターンか、クローンで自分の分身を創るか、そして、そのどちらも選ばないパターンの3つが認められている。
 カナンは、最後のパターンを選択した。実はこのパターンも昨今の流行だ。子孫派は「ネイティブ」、クローン派は「クリエイター」と言う俗語で呼ばれている。
  カナンは「インターセプター」と呼ばれているが、どうもこの名前が気に入らない。今度、市民政府か中央管理局にでも抗議しようかな?とも思う。まぁ、言ったとしてもどうせ無駄だが・・。
 クリエイターコミュニティで育ったカナンには、多くの兄弟や仲間がいる。でも生身の人間の親はいない。
 出生から成人になるまで、人の温もりを備えた人間そっくりの外見と質感を持つアンドロイドの「お世話ロボ」が面倒を見てくれた。睡眠や食事も必要とせず、24時間働いてくれる。1人、いや1台で、30人もの子供を同時に養い、大人になるまで仕立て上げる優れモノだ!
 全ての市民は15歳になったら性別の見直し、30歳になったら出生パターンを決定する決まりになっている。
 以前、市民政府はこのインターセプターの増加を抑えるために法令改正に躍起になっていたようだが、ここ10年近く前から、プッツリと糸が切れたかのように、話題にさえ上らなくなった。中央管理局の干渉も見られない。
 カナンは煩わしさから解放され、正直ホッとしている。ただ、あっけなさも感じて少しやるせない。
 だが、どうしたわけか?何もかも全てが億劫で、どうでも良く思えて仕方ないのだ。無気力とも違うし、将来への希望が無くなったわけでもないのに不思議な感覚だ。
 「おい!カナン。そろそろ行くぞ。」
 アパート2階のベランダでたたずむカナンに舗道から声をかけたのは、同い年のアンドロイドHGM202だ。
 30年前に製造され、ずっとカナンの親友でも有り、良きライバルでもあった。カナンと同じように、風貌は金髪碧眼、長身の西欧系イケメンだ!
 カナンのようにクローンで生まれた人間は、ほぼこの容姿と決まっている。この世界の人類は、なぜか西欧系の容貌が主流になっていて、アジア系やアフリカ系人種のような容貌はもうほとんどいない。
 今日は、仲間と湖に遊びに行くことになっていた。
 「サラもミシャも待ってるぞ。早くしろ!」
 202が急かす。
 急いで身支度を済ませ、カナンは舗道へ下りた。
 (さて、今日はどんな遊びをするかな・・。)最近、飽きてきたなと思う。
 この世界には、勤労と言う概念が無い。人の衣食住に必要な生産的活動は全てAIやロボがやってくれる。人の関りは、機器のメンテナンスやアンドロイドとのコミュニティー交流くらいだ。
 湖は徒歩で10分もかからない距離にある。すでにサラもミシャも水着に着替えて待っていた。
 最近、この湖には妙な噂話が持ち上がっていて、遊びがてら、彼らはそれを確かめに来たのだ。(→②に続く)