2022年7月17日日曜日

【短編小説】「あおによしの風」②

 「暑い・・。」

 これで33本目の柱を立て付けた。もう天日は、天頂を過ぎ、西へだいぶ傾いている。だが、真夏を思わせるような日照りは、容赦なくサムシの背中を炙る。

 (今まで生きていてこんな秋は無い、


なにか災いの起こる前触れではないか?)と言っていたイワナの言葉が脳裏をよぎった。

 「また、大地震が来るのか?流行り病か?いや、九州から戦乱の嵐が押し寄せるのか?」

 天神地祇がいるのだとしたら、なぜにこの世は苦しみが絶えないのか?都でも神職や僧侶らによる祈願は盛大に行われ、庶民だって手を合わせている。それなのに何故?

 サムシは最近、良くこのことばかり考えている。ただの個人的な思いでは無く、皆もそう思っているはずだ。

 「あと、30本!」

 遠くで、親方が叫んだ。この時代、人力のみで柱穴に柱を立てる作業は簡単そうに見えて、実に大変な重労働だ。重い柱を数人がかりで運び、柱穴の縁(へり)を壊さないように垂直に立てる。基礎固めや他の柱との並びの修正なども数人がかりであたっても時間がかなりかかるものだ。100本のノルマは少し難があった。

 時は非情にもアッという間に過ぎて行く。11本を残し、ついに太陽が西の山に隠れた。日没が作業終了の合図で、この時代に夜間の土木作業という概念は無い。足取り重く、しおしおと親方の下へ集まった。

 「なんだ貴様ら!全部やれって言ったじゃないか!」

 親方の怒号が飛ぶ。

 「明日からは、休憩は無しだ。分かったな!」

 「それは酷い!みんな暑い中、頑張ってやってんだ!」

 沈黙を破るように、突然、タビが吠えた。タビは、身の丈6尺超えの力自慢で、皆から頼りにされている兄貴格の大男だ。よほど耐えかねてのことだろう。

 「親方!もう我慢できねえからここで言わせてもらうが、人数は増えない割に無理やりに先月から作業を増やしたのはどうしてだ?みんな納得してねえよ!」

 「なんだと!」

 親方の肩がわなわなと震えだした。サムシたち一同は固唾を呑んで成り行きを見守るしかない。ところが、親方はぐっと睨んでいた眼を急に伏せ、何も言わず踵を返し、スタスタと作業場を去って行った。

 「タビの勢いに押されたんか?ざまあみろ!」

 アシホコがつぶやいた。

 「昔は、あんなお人じゃ無かったのにな。まぁ、みんな、わしは昔から良く親方を知っているんじゃ。そう怒らんでくれ。」

 アシホコの言葉を長老格のイワナが遮った。

 最近、都から派遣される視察監が代わってから、特に親方の態度が急変した。かなり厳しい処置をする官吏のようで、彼なりに現場監督の立場とその責任の圧力を受け、仕方なく立ち回っているのだろう。

 「どれ、明日からは厳しくなるわい。」

 イワナの言葉に促されるように一同は、少しばかり小高い丘の上にある飯場へ帰った。

 


夕食も終わり、皆、疲れを取り、明日へ備えるために早々に寝床に就いた。粗末な板屋根の掘っ立て小屋が数棟並ぶ飯場だ。サムシは、天気の良い夜は、小屋の外にゴザ一枚で就寝する。この時期は、まだ寒くもなく、
これで十分である。 
  昼間の熱射が噓のように、涼しいそよ風も吹く今夜の星空は別格だった。天の川がキラキラと天空を横切り、星々の瞬きは、しんしんと賑やかな音色を立てているかのようだ。暗闇に浮かぶ星辰たちは、サムシの心にひと時の安らぎと癒しを与えてくれる。
  人間世界の汚濁や辛さに引き換え、なんと天空の星空は美しいのだろうか?神仏の世界は、あの遠い天空にあるのだなとサムシは思う。だから、いくら祈っても願いは届かないのか・・?夜のとばりは、サムシを優しく包み込んだ。

 ・・・・・

 次の日、朝礼に親方の姿は無く、代わりに副班長のヨロシが立った。ヨロシは、痩せて頬のこけた面長の顔に細く刻まれたような窪んだ目でサムシたちを見回した。

 「えー。班長は、訳あって、今日からしばらく休暇を取る事になったので、しばらく私が代理を務めます・・。」

 一同はざわざわと騒ぎ出す。当然のごとく、開口一番にタビが尋ねた。

 「どうしてだ!昨日、俺が文句言ったからか?」

 「い・・いや、そう言うわけじゃなく、事情がお有りらしい。」

 「納得いかねえな!ちゃんと答えてくれ!」

 皆もそうだと言わんばかりに、ヨロシに詰め寄った。ヨロシは班長の片腕として長く仕えてきた真面目だけが取り柄の男だ。ただ班長と違い、気の弱い男で、さすがに、この場をそのまま立ち去ることは出来ないと観念したか。軽く咳ばらいをした後に言葉を続けた。

 「実は、昨晩、奥方様が急死されたのだ。」

 「サクラさんが?」

 唖然とした顔でイワナが叫んだ。

 「奥方は、役人に杖でかなり強く打たれて、それがもとでお亡くなりになった。なんでも官吏様の所有する畑から大根を盗んだらしくて・・。」

 ヨロシは、それ以上の言葉を発することが出来なかった。しかし、大方の事情は察し出来た。当時、盗みは殺人と並び重罪とされ、手厳しい罰則が与えられた。少なくとも盗みには「杖罪」の刑が待っている。杖で肩や背中を強打される刑罰だが、身分の高い者には、形だけのデモンストレーション的なものが概して横行していることはサムシたちも知っている。

 だが、親方は班長とは言え、一介の庶民には違いない。ましてや細君ともなるとなおさらで、容赦無いことは目に見えている。杖と言うより、棒のようなモノで殴打されることもあり、最悪の場合は死に至る。おそらく、有無を言わさず、その場で殴打されたのだろう。

 だが、イワナをはじめ一同の驚きの大半を占めたのは、奥方が盗みを働いたという事実だった。→(③に続く