2020年11月8日日曜日

現代に救世主は現れるか?

 救世主と聞くと「メシア」という言葉が浮かびますが、この「メシア」の意味は、ヘブライ語で聖油を注がれた者。旧約聖書では、超人間的な英知と能力でイスラエルを治める王の意味ですので、西アジアに起源を発する思想と分かります。


イスラム教等の他の宗教では、「預言者」を指すものと思われ、「油を注がれた」とか「神の言葉を預かった」との意味合いからやはり、私たち人霊の遥か高次の神の関与が見て取れます。対して、東洋思想では、このような考えはあまりなかったと思われます。仏教では釈迦の死去後、56憶年後に「弥勒菩薩」が現れ、仏法を再び広めるという考えがありますが、「救世主」とは少し意味合いが違います。

 また、中国の道教や儒教等にはこのような明確な思想は見られず、日本神道にもありません。このことから、救世主思想は、西アジア方面の考えだったということがわかります。これが、キリスト教圏の広まりによって世界中に広まったのでしょう。

 私たちを、超越的な力で色々な苦しみや悩みから救ってくれる「救世主」はまさに出現を望まれる待望の星ではありますが、良く見ると、現在、各宗教がそれぞれの宗教の開祖をメシア的存在として位置づけていることから、人によってそれぞれ解釈が違うという事です。なので、人類全体を束ねる「救世主」は、今後も出現しないということで、そんなものは存在しないという事です。仮にキリストのような人が現れて奇跡を起こしたとしても必ず、アンチが出てくることでしょう。実際にキリストは磔刑に遭い、釈迦も反対勢力に悩まされたものでした。救世主の出現を唱える宗教団体の教理は、疑って見るべきと思います。

 結論を言うと、そのような人物の出現はロマンがありますが、真の救世主は人ではない事に気づくべきです。期待せずに、一人一人の自分自身が一つの神の分霊として認識し、魂的な向上を図っていくことが大切です。人類共通の真理は必ず有って、そのヒントは天には太陽は一つであること、自然や大宇宙は誰でも平等に包み込んでいる事、それらの事実に私たち一人一人が気づき、人間の生き方に気づくことです。それが救世主への道と思います。すでに大宇宙が救世主として真理を教えてくれています。