2020年10月3日土曜日

インスピレーションとは?

  そろそろこのブログも100回の投稿数を迎えます。記事の中で、良く「インスピレーション」という言葉を使いますが、一般的には「ひらめき。直感。霊感」を指す言葉です。前の投稿記事で霊感には「感受型」があることに触れましたが、世の霊能者と呼ばれる方々の大部分がこの感受型です。いわゆる「直感」や「インスピレーション」を駆使するタイプです。ただ、科学的な根拠が無いので、「ただの思いつき」や


「妄想」として見做されるのがオチなのです。正直、私もこれは自分の思いつきなのか?何らかのインスピなのか分からないことも多々あります。脳の働きは、非常に難解高度のもので、現代の脳医学でも分からない面が多々あるとのことです。インスピもその脳作用の一環なのかも知れません。

 そこで、私の例を紹介しますので、インスピを考えるご参考にしてほしいと思います。

 ちなみに、このブログはパソコンのキーボードを打ちながら書いていますが、一つのテーマを決めると後は思うままに書いていくだけです。自分であれこれと調べたり考えて書きません。ホントに思いつくままフッと浮かんだり、ピンと来たものをただ書いていきます。この手法は、時間をとって自分の詮索や思考を入れるとダメです。すぐ書けなくなります。別に、ある人の相談を受けた際も同様のフッと来たひらめきを答えるようにしています。これが、自分では分からないのですが、良く当たっているものです。著書を書く際も同じ手法を使っています。ただ、その際には自分中心の都合のいいようになっていないか?自分の感情が入っていないか?に気を付けています。もし、出た結果がそうだったら、しばらく間を置いてから再度チャレンジします。それでも同じだったら、それを通すようにしています。

 ある意味、論理的根拠も無く、非常にいい加減に見えますので、心障を害する方もおられると思いますが、私は私で、この感性を信じています。私は、具体的な霊視や霊聴もあります。ただ、常にあるわけではありません。逆にこれが常にあるとかえっておかしくなります。霊能力のある方は、私の言っていることが良くお分かりの筈でしょう。本当は、具体的に霊が視えたり聴こえたりするのは心身的にも不健康な状態、危険な状態なのです。

 神霊的な存在は、目や耳で見たり聴こえたりするものではありません。魂の感性で感じるものです。この感受型のインスピレーションは、本来は皆持っているものと思います。この能力を開花する方法は、①まず、信じる事。②あれこれ考えるのでなく、フッと浮かぶ感性に気づくこと。③ご先祖や神霊への敬虔な心や信仰心を持つこと。の3つです。いたずらに宗教的な苦行や修行をその目的として行うのは危険と思います。日頃の生活を送る中で、少しづつ開花させていくものです。