2020年6月21日日曜日

古代人の死生観(その2)

 そうなると必然、祭祀という行為を生活ライフの最上級ランクの位置づけとすることでしょう。現代では、ロクに墓参りも行かない、神仏に手も合わせはしないにも関わらずです。私たち現代人は、古代より科学が進んでいるので、古代人の自然観や死生観を遅れた劣ったものと見做すきらいがあります。そうではありませんか?確かに迷信はあります。それは否めません。
 しかし、科学が進歩していない分、自然に対する畏敬の念や敬虔の気持ちはずっと強いものがありました。そうなると、素直な気持ちも強い😙ので、霊感的にも感度の高い優れたものを持っていたと思います。
 古代人の全てではありませんが、神々や死後の世界を感じることのできる方が多かったことでしょう。現代人とは比較にならない真剣な思いで祭祀に臨んだことでしょう。その証拠に、今でも全国各地に立派な神社の社殿が建ち、祭事が欠かさず行われている訳です。私たちは、これを慣例かつ伝統行事として組織的に継続してきた所以と思うことでしょうが、そうとばかりとは言えません。
 古代人の「死生観」は死後の世界を有るか無いかと疑ってみる段階ではなく、有るとの前提で真摯に向き合ってきたものと思われます。
 記紀神話を読むと、伊弉諾命の黄泉の国の探訪談や高天原からの降臨談が良く出てきます。あの世とこの世を簡単に往復している様が見られます。
 これが古代人の死生観で、あの世はこの世のすぐ近くにあると考えていたらしいということが分かります。