2020年6月24日水曜日

古代の鏡

 民俗学者の吉野裕子氏は「蛇」という著書で、鏡餅のカガミは、「カガの身」つまり、カガは蛇の古語ですから、蛇体がとぐろを巻いている姿🐍だと説明しています。鏡は蛇の身を表し、さらに鏡の丸い形は蛇の目を指すものなので、カガミ(=鏡)と呼ばれる所以とのことです。
 確かに、古い古い時代から古今東西、蛇は崇拝の対象となってきました。今でも神社本殿の中には銅鏡が御神体として置かれていますし、三種の神器にも鏡があります。
 実は、この銅鏡は、弥生時代頃、中国大陸から伝播してきたものです。邪馬台国の卑弥呼に贈られたとされる「三角縁神獣鏡」は有名です。弥生時代から古墳時代にかけての日本各地の有力者の古墳からも大小様々、裏面の模様、意匠も種々の銅鏡が出土しています。ということは、銅鏡は権力の象徴でもあり、信仰の対象でもあり、神聖なアイテムとしてみなされていたことが分かります。
 銅鏡は、中国大陸の技術で生まれたことは確かで、考古学的な見地からもそれが証明されています。鏡が伝わる以前の日本のアニミズムは巨木や巨石、湖沼などの自然物をそのまま崇めていたと思われます。そこに舶来の銅鏡が輸入されてきてその神々しさに当時の日本人は衝撃を受けたことでしょう。その銅鏡自体を神の化身と見做すようにさえなり、神社建築の伝播とともに本殿に鏡が安置されるようになったと思います。
 私は、中国大陸の殷、周、前漢時代の遥か昔の時代と古代日本人の感性はなぜか同じようなものを感じます。民族的にもおそらく繋がりがあることでしょう。
  鏡を本殿に祭る現在のスタイルの日本の神道は、中国由来であるということがこのことからも推測できます。おそらく祝詞や神事作法等も古代の中国の伝統を色濃く残していることと思います。遥か縄文時代から続く、蛇信仰とどこかでマッチングしたことでしょう。
 何気なく神社に納まっている鏡が日本神道の始まりの答えをあっさりと示しているとはなんとも意外ですね。