2020年6月4日木曜日

手を合わせるということ

 私たちは、神社やお寺に参拝した時、神仏に手を合わせます🙏 これは世界共通の所作のようで、手を組む場合もありますが、合わせるのも組むのも似たものと考えていいでしょう。
 精神集中をする際も手を合わせたり組んだりすることもあります。神社仏閣の例を出すまでもなく、大体が「祈願」をする時です。そう言えば、人に頼み事をする時も自然と手を合わせてますよね(^^)
 宗教や民俗学的見解でも色々な解釈があるでしょうが、これは私は、人の持つ本能だと思います。
 実際は、幼少期の頃から神仏の前での動作を教えられたり、周囲の人に倣って自然と覚えていくものなのですが、このような教育的関りが無かったとしても、必ず人は何かにすがりたい時やお願い事をする時は自然と両手を合わせたり組んだりしたことでしょう。
 これを霊的な視点で見ると、つまり右手と左手はそれぞれ別の霊脈(気脈)を持っていることがわかります。人は誰かの手当てを受けた時にホッと心が和むのは自分とは違った他人の気脈に触れることで安堵感やエネルギーを得られるからです。
 右手と左手に別の霊脈が流れているということは自分という一個の体の中に二人の人格を持っているようなものです。心が不安な時や精神を集中したいときに自然と両手を合わせるのも何となく分かるような気がします。
 右と左でなぜ霊脈が違うかは、私もまだ良く分かっていません😥ので、次の機会でも分かった時にお伝えします。